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東京地方裁判所 昭和58年(行ウ)88号 判決 1987年1月28日

奈良県橿原市五篠野町五五〇番地の二七六

原告

藤井三千代

同所同番地

原告

松原真知子

右両名訴訟代理人弁護士

若井英樹

松原脩雄

東京都大田区中央七丁目四番一八号

被告

大森税務署長

早川博治

右指定代理人

中西茂

江口育男

一杉直

守屋和夫

主文

1  被告が原告らに対し昭和五六年七月三一日付けでした原告らの被相続人訴外藤井謙二の昭和五四年分所得税の更正及び過少申告加算税賦課決定(ただし、いずれも異議決定による一部取消し後のもの)のうち、分離課税の長期譲渡所得金額〇円、原告藤井三千代の納付すべき税額二万四九〇〇円及び原告松原真知子の納付すべき税額四万九八〇〇円並びに原告藤井三千代の過少申告加算税額一二〇〇円及び原告松原真知子の過少申告加算税額二四〇〇円をそれぞれ超える部分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文の同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外藤井謙二(以下「謙二」という。)は、昭和五五年一月一一日死亡し、その相続人は、その妻原告藤井三千代(以下「原告三千代」という。)とその子同松原真知子(以下「原告真知子」という。)の両名である。

2  謙二の昭和五四年分所得税について、原告等が被告に対してした確定申告、これに対して被告がした更正(以下「本件更正」という。)及び過少申告加算税の賦課決定(以下「本件決定」という。)並びに本件決定更正及び本件決定に対する異議申立て及び審査請求の経緯は別表一のとおりであり、原告らは、本件更正及び本件決定につき適式に異議申立て及び審査請求を経ている。

3  本件更正及び本件決定(ただし、いずれも、異議決定による一部取消し後のもの。以下同じ。)のうち、分離課税の長期譲渡所得金額(以下「分離譲渡所得金額」という。)に係る部分は、所得金額を誤認した違法なものである。

4  よって、原告らは、本件更正及び本件決定のうち、分離譲渡所得金額に係る部分(分離譲渡所得金額は原告らの申告どおり〇円で、それに基づき税額を算出すると、原告三千代の納付すべき本税額は二万四九〇〇円、過少申告加算税額は一二〇〇円、原告真知子の納付すべき本税額は四万九八〇〇円、過少申告加算税額は二四〇〇円となるから、右各税額を超える部分)の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1、2の各事実はいずれも認め、同3、4は争う。

三  抗弁

1  謙二の昭和五四年分の課税総所得金額は、二三五万五〇〇〇円である。

2  同人の同年分の課税分離譲渡所得金額は、以下のとおり二八三七万七〇〇〇円である。

(一) 収入金額 七一七五万四八九四円

謙二は、昭和五四年五月三日、訴外株式会社栄木不動産(以下「栄木不動産」という。)に対し、同人所有の東京都品川区東大井三丁目一一四七番三二の宅地一七九・三三平方メートル(五四・二五坪。以下「本件土地」という。)を、売り渡す旨の契約(以下「本件売買契約」という。)を結んだが、その売買代金は七一七五万四九八四円であった。

(二) 取得費 一五〇二万七一二五円

本件土地購入代金二万七一二五円及び弁護士費用一五〇〇万円の合計額である。

(三) 譲渡費用 一一二万円

本件土地の譲渡に要した仲介料である。

(四) 特別控除額 二七二三万円

本件土地は、謙二及び原告三千代が居住の用に供していた家屋(原告三千代所有。以下「本件建物」という。)の敷地であるから、本件譲渡所得の計算に当たっては、租税特別措置法三五条一項一号により、本件建物、本件土地の順に三〇〇〇万円を限度とする特別控除が認められているところ、原告三千代が、本件建物の譲渡による所得金額二七七万円(収入金額から費用を控除したもの。)につき特別控除を行っているので、謙二についての本件土地の特別控除額は、三〇〇〇万円から二七七万円を差し引いた二七二三万円となる。

(五) したがって、謙二の課税分離譲渡所得金額は、前記(一)から(二)ないし(四)を控除した二八三七万七〇〇〇円である(国税通則法一一八条一項により端数処理)。

3  本件更正における課税分離譲渡所得金額は別表一の異議決定欄の〈7〉のとおり二六一〇万七〇〇〇円で右二八三七万七〇〇〇円を下回るから、本件更正は適法である。

4  原告らは、本件更正によれば、謙二に係る昭和五四年分の課税総所得金額として二三五万五〇〇〇円、課税分離譲渡所得金額として二六一〇万七〇〇〇円と申告すべきところ、その確定申告において、前者として一八三万五〇〇〇円、後者として〇円を申告した。そして、申告すべき右の各所得金額に対する各算出税額及びその合計額は別表一の異議決定欄の〈8〉、〈9〉のとおりであって、確定申告における右の各所得金額に対する右同様の各額は同表の申告欄の〈8〉、〈9〉のとおりであり、また、税額控除、源泉徴収税額は同表の異議決定欄の〈10〉、〈11〉のとおりであるから、過少に申告した税額は、同表の同欄の〈12〉の六四六万一五〇〇円である。したがって、その過少申告加算税、それを相続分によって按分した原告三千代の分及び同真知子の分はそれぞれ同表同欄の〈15〉、〈16〉及び〈17〉のとおり三二万三〇〇〇円、一〇万七六〇〇円及び二一万五三〇〇円となる。

そうすると、本件決定は適法である。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める。

2  同2について

(一) (一)の事実のうち、売買代金の額は否認し、その余は認める。売買代金の額は四二〇〇万円である。(二)及び(三)の事実は認める。(四)の事実のうち、本件土地の特別控除額を否認し、その余は認める。本件土地の売買代金は四二〇〇万円であるから、右特別控除額は二五八五万二八七五円である。五は争う。

3  同3は争う。

4  同4の事実のうち、原告らが謙二の昭和五四年分の課税総所得金額として被告主張の額を申告すべきであったこと、その確定申告における申告の額が被告主張のとおりであったことは認めるが、その余は否認する。

五  原告らの反論

本件売買契約における本件土地の代金は四二〇〇万円であり、被告主張の代金七一七五万四八九四円から右四二〇〇万円を差し引いた残額二九七五万四八九四円は、以下に述べるとおり、債権譲渡代金である。

1  本件売買に至る経緯

(一) 謙二は、昭和五三年一二月一八日訴外東立建設工業有限会社(以下「東立建設」という。)との間で、本件土地上にマンションを新築する旨の請負工事契約(以下「本件請負契約」という。)を結び、同月二九日訴外東京霞ヶ関信用組合(以下「訴外組合」という。)から本件土地を担保として三七〇〇万円を借り受け、同月三〇日東立建設に対し右金員のうちから二八〇〇万円を右契約の請負工事代金の一部として支払った。

(二) その後、東立建設の代表者高橋正俊(以下「高橋」という。)が、本件請負契約に関し、訴外東京共立建設株式会社(以下「東京共立」という。)という社名を使い出したので、不審に思った謙二が高橋に問いただしたところ、東京共立は設立準備中の会社であり、他方、東立建設は実体のない休眠会社であって、高橋としてはとりあえず東立建設において本件請負契約を結び、東京共立がその設立後右の契約関係を承継するというものであることが判明した。謙二は、右事実を知り、工事を続行するかどうか迷っていたところ、昭和五四年二月一三日高橋及びその指示を受けた者らが地質調査を理由に本件建物の一部取壊しを強行したため、高橋に対する信頼を完全に失い、工事の続行を断念するにいたった。

(三) そこで、同月一七日謙二と高橋及び東立建設との間で話合いがされ、本件請負契約をいかに処理するかにつき、大筋として次の方針によることが確認された。

(1) 本件請負契約を解消することとする。

(2) 高橋又はその紹介する第三者において本件土地を謙二から買い受け、マンション建築工事を続行することとする。

(3) 謙二の既払いの請負工事代金二千八百万円については、謙二に返還することに替えて、本件土地を買い受けることとなる高橋又は第三者が謙二の訴外組合に対する債務を免責的に引受けることとする。

(四) その後、本件土地を買い受ける者として栄木不動産が決まり、同年五月三日謙二、栄木不動産並びに高橋及び東立建設との間で、右三の本心を踏えて、次の契約(以下「本件契約」という。)が成立した。

(1) 謙二は、栄木不動産に対し本件土地を売り渡す(本件売買契約)。

(2) 右譲渡代金は四二〇〇万円とする。右代金額は、坪当たり一〇〇万円の五四〇〇万円から、私道負担部分六坪分の六〇〇万円を減額し、また三〇〇万円を値引きし、更に本件建物の分三〇〇万円を差し引いて決定された。

(3) 謙二と東立建設とは本件請負契約を合意解除する。

(4) 右解除により、謙二が東立建設に対し有する既払いの二八〇〇万円の請負工事代金の返還請求債権及びその金利諸費用等を加えた合計二九七五万四八九四円の債権(以下「本件債権」という。)については、謙二が栄木不動産に右額で売り渡す(以下「本件債権譲渡契約」という。)。

(5) 右債権の債務は以後高橋個人が栄木不動産に対し負担する。

(6) 謙二は栄木不動産に対し右債権の債務者高橋の資力につき担保責任を負担しない。

(7) なお、謙二の訴外組合に対する債務は、そのまま謙二が自ら返済する。

(五) 謙二は、同年六月五日までに栄木不動産から右(四)(2)の本件土地の代金四二〇〇万円及び同(4)の本件債権の代金二九七五万四八九四円の合計七一七五万四八九四円を受け取った。

2  本件債権譲渡契約は、次のとおり真正なものである。

(一) 右契約は、謙二の出捐に係る工事代金の回収を目的とするものである。

(二) 右契約が真正な債権譲渡契約であるからこそ、(1)本件債権の中に既払いの工事代金に対し金利諸費用を計算の上加算しており、(2)また、栄木不動産はわざわざ高橋個人に債務を負わせており、(3)更に、謙二は高橋の資力に不安を感じて担保責任を負わない旨の契約をしているものである。仮に、債権譲渡契約が全く存在せず、本件土地の売買契約のみが存在するものとすれば、その代金額だけが問題となるのであって、右(1)ないし(3)のようなことはいずれも不要なはずである。

(三) 栄木不動産は、次のとおり本件債権の一部を回収している。

(1) 本件請負契約に関し、東立建設は昭和五三年一二月二五日訴外株式会社フロンテア建築企画(以下「フロンテア」という。)との間に設計監理委託契約を結び、同月二八日五〇万円、昭和五四年四月六日一七七万円を支払い、また、同年二月二日謙二の名で建築確認申請をし、同年四月一九日とその旨確認を得ているところ、栄木不動産は、本件契約の日謙二から右設計監理委託契約により得た設計図書を譲受け、また、建築確認申請の名義人変更に必要な書類を受け取った(後に、建築主変更の手続きを取っている。)。

(2) 設計図書の価額は、右(1)の設計監理委託契約により支払われた二二七万円であり、建築確認は、これを得るのに地質調査などをするだけでも三五万ないし四〇万円を要するからそれ以上の価額である。

(3) したがって、栄木不動産は、本件債権譲渡契約によって、右(2)の価額相当の利益を得ている。

(四) 栄木不動産は、本件債権につき回収しているか、又は回収し得たはずである。すなわち、栄木不動産は謙二に対し高橋に建築工事を続行させることで本件債権を回収すると言明しており、栄木不動産と高橋との関係から考えると、それが十分可能であったはずである。また、高橋は、栄木不動産のために営業活動をしその報酬で本件債権を弁済している。仮に、そうでなくとも、栄木不動産は高橋のスポンサー的立場にあったから回収は不可能ではなかった。

(五) 謙二は、真に本件債権の譲渡を意図していたものであり、相手方の栄木不動産においてもその旨を表示していたから、真意から譲受ける意図を有しているものと考えていた。したがって、仮に、栄木不動産が契約時、内心の真意として本件債権を譲受ける意図を有せず、又は、後日本件債権を全く回収しなかったとしても、そのことをもって本件債権譲渡契約がなされていないということはできない。

3  本件土地の代金四二〇〇万円は次のとおり相当額である。

(一) 本件の土地の価額は、謙二の売り急いでいる事情などに鑑みると、坪当たり一〇〇万円とみるのが相当であった。

(二) 謙二は、相当の資料に基づき坪当たり一〇〇万円と見込んでおり、高橋もそのように考えていた。

(三) 本件契約に当たっては、関係者は坪当たり一〇〇万円を前提にしていた。

六  原告らの反論に対する認否及び被告の再反論

1  原告らの反論に対する否認

(一) 同1について

(一)の事実は認める。(二)の事実のうち、東立建設が実体のない休眠会社であることは認め、その余は不知。(三)の事実は不知。(四)の事実のうち、原告ら主張の日に本件売買契約が結ばれたことは認め、その余は不知。五の事実のうち、謙二が原告ら主張の日までに七一七五万四八九四円を受け取ったことは認め、その余は否認する。右金額が本件土地の売買代金である。

(二) 同2について

(一)及び(二)は争う。(三)のうち、(1)の事実は認め、(2)及び(3)は争う。(四)及び(五)は争う。

(三) 同3について

(一)ないし(三)の事実は否認する。

2  被告の再反論

(一) 本件債権は次のとおり無価値なものであって、原告らの主張する本件債権譲渡契約は存在しないものというべきであり、仮に、形式上右契約が存在しているとしても、それは単なる名目上のものに過ぎない。そうすると、本件土地の売買代金は、原告ら主張の四二〇〇万円に原告らが本件債権の譲渡代金と主張する二九七五万四八九四円を加えた七一七五万四八九四円というべきである。

(1) 本件債権は全く支払われる見込みのない無価値のものであり、謙二、栄木不動産及び高橋ら関係者はいずれもこのことを認識していた。

(2) 原告らは、栄木不動産が高橋に対し建築工事を続行させることにより、本件債権の回収が可能であった旨主張するが(五2(四))、本件債権譲渡契約は、本件請負契約上の地位の譲渡を合意したものではなく、また、その旨の合意もないから工事の続行により本件債権の回収の可能性を論ずべきではない。

しかも、東立建設は実体のない休眠会社であり、また、高橋が工事を続行することは不可能な状態にあり、謙二及び栄木不動産は、そのことを認識していた。

(3) 原告らは、栄木不動産が謙二から設計図及び建築確認申請の名義人変更に必要な書類を受領していることを捕らえて、本件債権の一部回収を主張する(五2(三))。しかし、謙二は、マンション建築を断念し、設計図は不要となったので、栄木不動産にこれを譲渡したに過ぎないものであり、栄木不動産においても、右設計図をそのままは使用していないし、建築確認申請の名義人変更に必要な書類が栄木不動産に引き継がれ、後に栄木不動産が建築主変更届を出していることも、謙二が許可申請を取り下げ、栄木不動産が新たに確認申請をするという方法をとらずに、便宜上建築主の変更をしたに過ぎないものである。

したがって、右書類の授受によって、原告ら主張の債権が価値ある根拠とはならない。

(4) 原告ら主張の五2二(3)の点も、本件債権が無価値であることを示すものである。すなわち、本件債権が価値がないと認識したからこそ、わざわざ債権回収ができなくても本件債権譲渡契約に影響がない旨の特約をしたのである。

(二) 本件土地の価額は次のとおり七一七五万四九八四円が妥当なものであり、本件土地の売買代金を四二〇〇万円とする合意は存在しない。

(1) 別表二のとおり近傍の取引事例から考えると本件土地の価額は坪当たり一七一万円となる。

(2) 栄木不動産は、本件売買の際、本件土地の価額を坪当たり一五〇万円程度と考えていた。

(3) 栄木不動産から本件土地を転得した訴外相互土地株式会社は、法人税の申告に際し、仕入価額を一坪一八〇万円としている。

(4) 右(一)ないし(三)によると坪当たり約一三二万円に当たる七一七五万四八九四円は本件土地の価額として妥当なものである。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(謙二と原告らとの関係)2(課税の経緯等)の各事実は当事者間に争いがない。

二  まず、本件売買契約に係る本件土地の代金額について検討する。

1  昭和五四年五月三日謙二が栄木不動産に対し本件土地を売り渡す旨の合意(本件売買契約)が成立したこと(その代金額については争いがある。)、原告らの反論1(一)の事実(本件請負契約の成立等)、東立建設が実体のない休眠会社であったこと、同日から同年六月五日までの間に謙二が栄木不動産から計七一七五万四八九四円を受け取ったこと原告らの反論2(三)(1)の事実(本件請負契約に関する東立建設の行動等)、以上の各事実は当事者間に争いがない。

2  右1の争いのない事実に、成立に争いのない甲第一、第二、第八号証、乙第八号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第二号証の二ないし四、原告真知子本人尋問の結果により真正に成立したものと認め得る甲第四ないし第六号証、官署作成部分についてはその成立に争いがなく、その余の部分については同本人尋問の結果により真正に成立したものと認め得る甲第九号証、第一一号証の一、証人高橋の証言により真正に成立したものと認め得る甲第一〇号証、証人栄木の証言により真正に成立したものと認め得る乙第一号証(後記採用しない部分を除く。)、原本の存在及び官署作成部分の成立については争いがなく、その余の部分については同証言により真正に成立したものと認め得る乙第二号証の一(後記採用しない部分を除く。)、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認め得る乙第三号証(後記採用しない部分を除く。)、証人沼倉、同高橋及び同栄木の各証言並びに原告真知子本人尋問の結果を総合すると、次の各事実が認められ、この認定に抵触する乙第一号証、第二号証の一、第三号証の各一部は前掲各証拠に照らし採用し難い。

(一)  本件土地については、謙二とその親族との間に、その帰属について長期間にわたる争いがあり、昭和五三年八月ようやくその紛争が解決して、その所有権が謙二に帰属することが決定した。これに伴い、謙二は、右紛争の解決を依頼した訴外梶原正雄弁護士に対し報酬として、本件土地の売却代金から売却に要する諸費用を控除した額の四割相当額を支払う旨を約束した。そこで、謙二は、早急に、本件土地を売却し、同弁護士への報酬の支払いをするとともに、その残金をもって、謙二及びその家族である原告ら(以下「謙二ら」という。)の住居を得ることを意図した。

(二)  そして、謙二は、そのころ、その娘原告真知子を通じて、同原告の知合いで、不動産取引に経験を有する訴外沼倉寬二郎(以下「沼倉」という。)に対し、本件土地の時価などを問い合わせたうえ、その売却方を依頼したが、なかなか売却の話は進展しなかった。

(三)  ところで、同年一〇月ころ、訴外荒井義夫なる者から謙二に対し、本件土地上にマンションを建築し、そのうち、謙二らの住居部分を確保して残りの部分を売却すること等により、謙二の右(一)の意図の達成が可能である旨の話が持ち込まれ、梶原弁護士や沼倉とも相談のうえ、右のマンション建築を実行することとなった。

(四)  そして、種々折衝のうえ、謙二と東立建設(その代表者が高橋である。)との間で、本件土地上に地下一階、地上四階のマンションを請負工事代金九七九〇万五三八〇円で建築する旨の本件請負契約が締結され、それに伴い、謙二は、東立建設に対し右契約の請負工事代金の一部二八〇〇万円を訴外組合からの借受金をもって支払ったが、昭和五四年一月ころから高橋が東京共立なる社名を使い出したので、不審に思った謙二がこの点につき高橋に問いただしたところ、高橋は、東京共立は当時設立準備中の会社であり、他方東立建設は実体のない休眠会社であること、高橋としては、とりあえず東立建設において本件請負契約を結んだものの、東京共立が設立された時には同社をして本件請負契約の請負人の地位を承継させるつもりであること、といった説明をした。謙二は、右の説明を聞き、また、工事完成後におけるマンションの売却、管理等に関する先行きの不安等も手伝って、工事をそのまま続行させるべきかどうか迷っていたところ、同年二月一三日高橋及びその指示を受けた者らが、地質調査を理由に、謙二らの明示の承諾を得ることなく、本件建物の一部の取壊しを強行するに至ったため、高橋に対する信頼を完全に失い、本件請負契約による工事を断念することを決意した。なお、この時点までに、請負人の東立建設は、原告らの反論2(三)(1)のとおり、フロンテアとの間に設計監理委託契約を結んで計二二七万円を支払い、また、謙二の名で建築確認申請をしていたが、それ以外には、建築資材買入れの準備等に入る手はずを整えていた程度で、まだ具体的な工事を行う段階には達していなかった。

(五)  そこで、謙二は、本件請負契約の解消及び支払った請負工事代金の回収に関し、若井英樹弁護士(本件訴訟の原告ら代理人)にこれを委任し、同弁護士ともども、高橋及び東立建設と話合った結果、右関係者間において、本件請負契約の処理等に関して、およそ、原告らの反論1(三)の(1)ないし(3)の如き方針で臨むことが確認されるに至った。

(六)  右の方針を踏えた高橋の努力、奔走等の結果、栄木不動産が、本件土地を、そこにマンションを建築して販売することを目的に、買い受けることになった。栄木不動産は、不動産の売買、建物の建築等を目的とする会社であって、以前から高橋と取引きがあった。高橋は、同社から種々の便宜、援助等を受けていた。栄木不動産は、自己の取引金融機関との関係で、謙二の訴外組合に対する債務の引受けをしないこととなり、それに応じて、同年五月三日謙二(その代理人若井弁護士)、栄木不動産、高橋及び東立建設の間において、原告ら反論1(四)の(1)ないし(7)の如き合意(本件契約)が成立した。なお、右合意と同時に、原告三千代は、栄木不動産に対し、その所有の本件建物(本件土地上に所在)を代金三〇〇万円で売却することが合意された。したがって、栄木不動産は、謙二に対し七一七五万四八九四円、原告三千代に対し三〇〇万円の合計七四七五万四八九四円を支払うこととなった。

(七)  右(六)の本件契約等の合意に基づき、栄木不動産は、謙二ないし原告三千代に対し、右契約の日に一〇〇〇万円(本件土地代金の一部)、同年六月五日に、六四七五万四八九四円(三二〇〇万円は本件土地代金の残金、三〇〇万円は本件建物代金、二九七五万四八九四円は本件債権代金)を支払い、謙二は後者の支払いを受けた分のうち二九七五万四八九四円を訴外組合に返済した。

3  右に認定したところによれば、本件契約において、四二〇〇万円で売却する旨の合意及び本件債権を代金額二九七五万四八九四円で譲渡する旨の合意が成立したことは明らかであり、この合意を前提とする限り、本件土地の売買代金額は四二〇〇万円であると判断するほかはない。

4  右2、3の認定判断に関連して、被告は、本件契約が成立したとされる当時、本件債権は無価値であったから、本件契約において、本件債権を譲渡する旨の合意は存在しないというべきであり、仮にそれが形式上存在しても全くの名目に過ぎない、と主張するので、この点につき判断する。

(一)  証人栄木及び同高橋(後記採用しない部分を除く。)の各証言並びに原告真知子本人尋問の結果によると、本件契約当時、東立建設もその代表者高橋も、謙二から受領している請負代金二八〇〇万円をそのまま返済する資力があったとはいえないこと、謙二及び栄木不動産もそのことを認識していたこと、栄木不動産は、右合意の後、東立建設及び高橋から本件債権につき一切返済を受けていないことが認められ、この認定に反する証人高橋の証言の一部は、あいまいであって採用できない。

(二)  しかし、右(一)掲記の各証言及び本人尋問の結果によると、(1)高橋も、栄木不動産も、本件契約成立にいたる過程において、謙二に対し、建築請負契約においては、請負人は、その資力が十分でなくても、適切な下請人を選定し、かつ、その工事施行を監督する能力を有する限り、請負工事の続行、完成をすることが必ずしも不可能ではなく、高橋は当時なお右の能力を完全に失ってはいないとの趣旨の説明をしていたこと、(2)高橋は、本件土地の売却の話を栄木不動産に持ち込んだ際、栄木不動産に対し、売却後自分が請負人となって本件土地上にマンション建築を続行したい、その場合の請負工事代金については本件債権の額相当分程度を減額した額とする旨の意向を表明し、栄木不動産は、それに異論を述べないどころかそれを受け入れる態度を示していたこと、(3)右(2)の栄木不動産と高橋の折衝の概要は謙二にも伝えられ、謙二は、高橋が右のように減額した請負工事代金で本件土地上のマンション建築の請負人となって、請負工事を続行することになれば、実質的には、栄木不動産が高橋から本件債権の回収をすることができるが、これは高橋が以前から取引のある栄木不動産にして初めて可能であると考えていたこと、(4)そして、栄木不動産は、謙二が右のような考えを抱いていることを知ったうえで、本件契約に当たり、謙二に対し、本件債権を高橋から実質的に回収することは十分可能であるといった趣旨の発言をしていたこと、(4)しかしながら、栄木不動産は、本件契約成立後、高橋に対し本件土地上のマンション建築につきその請負工事代金の見積額を一応聞いたものの、高橋が、その時点の同人の資力、信用力の関係で、更に本件請負契約の請負工事代金と同額程度(約九八〇〇万円)の代金額であればともかく、本件債権の額相当分の減額をした代金額では到底その建築を請負うことは無理であると表明したので、栄木不動産としては、高橋に比べ資力、信用力もあり、見積額においても低い訴外木田建設株式会社に本件土地上のマンション建築を請け負わせるに至ったこと、以上の各事実が認められる。

(三)  右(一)、(二)によると、謙二としては、高橋が本件債権を返済する資力を有していないことを認識していたものの、高橋が栄木不動産の援助等を得ることによりなお建築請負工事を施工することは可能であり、栄木不動産が、高橋に本件土地上のマンション建築請負工事を本件債権の額相当分程度減額して請け負わせることにより、実質的には本件債権を回収できるものであるから、本件債権がその意味において無価値なものとは考えておらず、栄木不動産も、謙二が右のように考えていることを知りながら、むしろそれを是認していたものであって、それを前提としたうえで、謙二と栄木不動産との間で、本件契約が結ばれたものである。

そうすると、本件債権は、本件契約当時、その譲渡代金額とされた二九七五万四三九四円の価値が客観的に存在したかどうかは極めて疑問のあるところであるが、なお、当事者間においては、本件債権は、右代金額相当の価値があることを前提として、譲渡されているものということができるのであって、右金額を本件債権の譲渡代金額とする旨の合意が全く不存在であるとか、単に名目上のものに過ぎないとかといった判断をすることはできない。

5  更に、被告は、本件契約が成立したとされる当時、本件土地の価格は七一七五万四三九四円が妥当な額であり、したがって、本件土地の売買代金を四二〇〇万円とする合意が存在したものとはいえない旨主張するので、この点につき判断する。

(一)  本件土地代金を四二〇〇万円とした場合の坪当たりの単価が約七七万円、七一七五万四三九四円とした場合の坪当たりの単価が約一三二万円となることは計算上明らかである。

(二)  成立に争いのない乙第一一号証、第一二、第一五号証の各二、第一六号証、回答部分以外の部分についてはその成立に争いがなく、回答部分については弁論の全趣旨により真正に成立したものと認め得る乙第一二号証の一、第一三、第一四号証、第一五号証の一によると、別表二の順号2ないし5記載の四例の宅地が、同表の売買年月日欄記載の年月日に売買され、その売買価格は同表〈2〉記載の額であること、本件土地及び右四例の土地の相続税財産評価基準の路線価が同表〈4〉記載のとおりの額であることが認められるところ、右四例の宅地の右売買価格を基礎として、これを右路線価に従い修正して算出した本件土地の坪(三・三平方メートル)当たりの単価は同表〈5〉記載のとおりの額であって、それを単純平均すると、約一七一万円となることは計算上明らかである。

(三)  また、証人栄木の証言によると、栄木不動産が昭和五四年三月ころ本件土地の売却の話を高橋から持ち込まれた際、高橋の提示した坪当たり一〇〇万円は時価から考えて相当に安い額であると感じていたことが認められる。

(四)  しかし、前掲甲第四、第五号証、証人沼倉の証言により真正に成立したものと認め得る甲第三号証、証人沼倉、同栄木及び同高橋の各証言並びに原告真知子本人尋問の結果によると、(1)昭和五三年八月ころ謙二から本件土地の時価の評定を依頼された沼倉が坪当たり一〇〇万円前後である旨を書面で回答し、更に重ねて口頭で同様の回答をしていること、(2)謙二は当時不動産取引に関しては沼倉を信頼していて、沼倉のした右(1)の評価をそのまま受け入れていたこと、(3)本件契約成立に至るまでの過程において、本件契約の当事者である謙二、栄木不動産、高橋及び東立建設は、終始本件土地の坪当たりの単価が一〇〇万円であることを当然の前提としていたこと、(4)本件契約成立の直前になって、栄木不動産は、謙二に対し、本件土地の私道部分六坪分につき六〇〇万円の減額と本件債権を譲り受けることなど勘案して三〇〇万円の値引きを要求し、謙二はこれに応じたこと、(5)本件建物はマンション建築のため直ちに取り壊されることとなっていたが、その代金を三〇〇万円とすることにしたので、本件土地の代金を四二〇〇万円と決められることになったこと、以上の各事実が認められる。そして、前記2(一)、(六)や右4(二)の事実によれば、謙二は、梶原弁護士に対する報酬の支払いのため本件土地を売り急いでいたものであるとともに、本件請負契約の解消に伴い本件債権の回収を図るためには、高橋の以前からの取引先で、同人に援助等をしている栄木不動産に本件土地を売却するほかはないと考えていたものであり、本件契約の締結に当たり、謙二が右(4)の如く譲歩したのは、右のような考えに基づくものということができる。

(五)  ところで、不動産取引における売買代金額は、常に当該不動産の有する客観的に相当ないわゆる時価額のみによって定まるものではなく、当事者の思惑等種々の事情が当事者により勘案考慮されたうえ、最終的には当事者間の合意により決定されるものであって、それが右の時価額とかなりの懸隔を生ずることもあることは当裁判所に顕著な事実である。したがって、合意された売買代金額が右の時価額とかなり相違しているとしても、右の合意がその根拠を欠くといえるほど不合理でない限り、右の相違の存在のみをもって、売買代金額につき合意がなかったものとすることができないことはいうまでもない。

本件についてこれをみるに、右(一)ないし(三)によると、本件土地の代金額が時価額とかなりの相違があることが窺い得ないわけではない(もっとも、右(二)の四例の売買事例については、土地の地形、私道負担の有無、売買の経過等につき何らの立証もないので、その売買価格が当該土地の客観的に相当な時価額であるかどうかを確認し難いし、また、その価格を基礎として本件土地の価格を算定する判断も右(二)の如き単純なもので足りるかには疑問があるところであるから、本件土地の時価額が坪当たり約一七一万円になると認定できるわけではなく、他に本件土地の時価額を確定するに足る証拠は見当たらない。)。

しかしながら、右四によると、本件契約の当事者間において、本件土地の坪当たりの単価が一〇〇万円であることをその前提として話が進められており、また、本件土地の売主である謙二の側に売り急ぐ事情や栄木不動産を買主とする話を是非まとめたいと考える事情があったのであるから、右(4)、(5)(なお、前記2(六)で引用した原告らの反論1(四)(2)参照)のような交渉過程を経て合意された本件土地の売買代金額四二〇〇万円は、その額が時価額と相違し、かなり低額であることは否定できないにしても、右の合意がその根拠を欠くといえるほどに不合理とはいい難く、右の相違のみをもって、本件土地の売買代金額を四二〇〇万円とする旨の合意の存在を否定し去ることのできないことは当然である。

6  右4、5によると、そこに掲げた被告の主張をもってしても、前記2、3の認定判断を左右するに足らないことは明らかであり、他に右の認定判断を覆えすに足りる証拠はない。

しかして、本件土地の売買代金額を四二〇〇万円とする旨の合意が、いわゆる低額譲渡その他租税回避行為に当たるから、私法上は有効であるとしても、租税法上は否認されるべきであるといった点については、被告もその旨の主張をしておらず、その立証もない(なお、本件土地の時価額を確定するに足りる証拠のないことは右5(五)に指摘したとおりである。)。

そうすると、課税の関係においても、本件土地の売買代金額が四二〇〇万円であることを前提としなくてはならないものと解するほかはない。

三  そこで、謙二の昭和五四年分所得税の所得金額について判断する。

1  抗弁1(課税総所得金額)、2(二)、(三)(分離譲渡所得金額の算出の基礎となる取得費、譲渡費用)の各事実は当事者間に争いがない。

2  右二によれば、分離譲渡所得金額の算出の基礎となる収入金額は四二〇〇万円であるということができる。

3  本件土地が謙二及び原告三千代において居住の用に供していた本件建物の敷地であり、本件譲渡所得の計算に当たり、租税特別措置法三五条一項一号により、本件建物、本件土地の順に三〇〇〇万円を限度とする特別控除が認められていること、原告三千代が本件建物の譲渡にる所得金額二七七万円につき特別控除をしていることは当事者間に争いがなく、この事実と右1、2の事実によると、本件土地の譲渡による所得金額は、収入金額四二〇〇万円から、取得費一五〇二万七一二五円及び譲渡費用一一二万円を控除した二五八五万二八七五円であるから、その全額が特別控除額となることは明らかである。

4  そうすると、分離譲渡所得金額は〇円となる。

四  右三の課税総所得金額二三五万五〇〇〇円及び分離譲渡所得金額〇円を基礎とし、原告において明らかに争わないから自白したものとみなされる謙二の税額控除(住宅取得)八三六五円及び源泉徴収税額二二万一六〇〇円を考慮のうえ、当時の所得税法等の関係法令の規定により、謙二の昭和五四年分所得税につき原告らの納付すべき税額及び過少申告加算税額を算出すると、納付すべき税額は、原告三千代につき二万四九〇〇円、原告真知子につき四万九八〇〇円となり、過少申告加算税額は、原告三千代につき一二〇〇円、原告真知子につき二四〇〇円となる。

五  したがって、本件更正のうち、右三の分離譲渡所得金額及び右四の過少申告加算税額を超える部分は違法であるからその取消しを免れない。

よって、原告らの請求はすべて正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鈴木康之 裁判官 塚本伊平 裁判官 加藤就一)

別表1 課税の経緯

〈省略〉

別表2 本件土地と近傍類似地の取引事例比較表

〈省略〉

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